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書評② 自転車競技のためのフィロソフィー

筆者は東北大学大学院で化学工学を専攻した工学博士。そのため、身体の代謝についての記載は、おそらく本邦発刊の自転車書籍の中でもっとも論理的かつ分かりやすく記載されていると思う。
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また、ロードバイクは心肺能力と筋持久力のスポーツであるので、ロードバイクのトレーニング方法について論ずる場合には、トレーニングが生理学的にどのような意味を持つのかという観点で論ずるのが正しい。この本は、トレーニングを常に代謝との関係で記載しており、ものごとを論理的に理解したうえで実行に移すことを好む人にとっては非常に心地よい。

例えば、LTパワー値のアップの項(p.54)を見ると、
「酸化的代謝系のATP生成能力が高くなる事は、同じ強度に対して解糖系の稼働率を抑制することができ、同時に乳酸をエネルギー源として利用する能力もより高まることになります。結果としてこれが解糖系の働きが加速度的に活発になることを抑制できるようになります。
自転車レースでは、ライバルを苦しめるためあるいは集団から飛び出す際に何度も加速を繰り返します。この加速する際にはLTを超える強度でのパワー発揮が繰り返されます。LTパワー値が高くなる(酸化的代謝能力が高くなる)ことは、この大きなパワー変動を吸収することにもなり、解糖系の稼働率の低減によって疲労の低減だけでなく、最後の局面あるいはゴールスプリントでのダッシュに必要な解糖系の原料であるグリコーゲンを温存することになります。」

しかし、このように、それぞれのトレーニングが代謝との関係でどのように位置づけられるものかを理解することは、単に心地よいだけの話ではなく、パフォーマンスの向上にとっても非常に大きな意味を持つ。ATPの生成が、有酸素環境(酸化的代謝)で行われるか、無酸素環境(解糖系代謝)で行われるかは、その運動強度の維持可能時間や疲労の蓄積の面で大きな違いがあり、有酸素環境でのATP生成能力を高めることが、疲労を蓄積させずにパフォーマンスを上げるために重要である。しかしながら、トレーニングと代謝との関係を理解せずにただ闇雲に負荷をかけるトレーニングを行っても有酸素環境でのATP生成能力は上がらずただ単に疲労するだけの結果となるからだ。

筆者はおそらく、自らが自転車選手なのではなく、自転車選手を育成する立場にあると思われるため、レースにおける駆け引きやタクティクス、ハンドリングやコーナーリングといった技術的なことには長けていないと思われるが、ロードバイクというスポーツの最も本質である、心肺能力と筋持久力のアップにおいては、これ以上論理的に書かれたものはない(そして、心肺能力と筋持久力のアップは論理的理解に基づかなくては実現されない)と言えよう。

自転車競技のためのフィロソフィー 柿木克之著 ベースボール・マガジン社